2011年05月12日

GWin南相馬〜新知町

GWは、実家の福島県へ行ってきました。私が生まれ育ったのは内陸の方ですので、地震や津波の被害はそれほどなかったのですが、被害がどれほどだったのか、ふるさとの様子を見ておきたいという思いで、5月3日に南相馬市の方へ行って来ました。

途中、何台もの自衛隊の車とすれちがいました。
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海の近くになってくると、視野が開けました。よく見ると、地面はじめじめしていて、奥の方は水が見えます。記憶では、海はもっと奥の方だったと思われるので、津波の水が引けていないのかと思いました。
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こんなに大きな木が根っこごと流されていたり、網や船、農機具、物置など大型のものまで、かなり内陸のほうまで流れてきていました。
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ここにはカーブミラーがあるくらいですから、見通しが悪いポイントだったんでしょう。今の状態から、元の様子が想像もつきません。P1170469

市場の方へ行きました。地元の方でしょうか、何人か見に来ている方はいらっしゃいましたががらんとしていていました。P1170509

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道路が通れるようになっていたのは、このフォークリフトで片付けたからでしょうか。こんな小さな重機では何日もかかったのではないかというほどの残骸でした。
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大きな重油のタンクや大きなコンクリートの塊、大きな船などは、まだ転がったままでした。    P1170496

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市場を離れて北の方に行くと、新知町というところに入ります。そこには漂流物の山が。
P1170523

ダンプカーが何台も連なっていて、回収されて集められていたんだなと思いました。
P1170525-のコピー-2

早く、落ち着いた生活が取り戻せるといいなと思います。特に原発問題!放射能!落ち着け!

posted by ゆきした at 20:34| 兵庫 ☔| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ゆきしたさん、お帰りなさい〜
ご実家の人たちに会えてよかったですね。
めいっこさんたちもゆきしたさんに会えて
さぞかし喜んだ事でしょうね。
海の近くのお写真は、今回の被害で
どのくらい、人々の生活を変えてしまったのかを生々しく写しだしています。
原発問題に一日もはやく光が見えますように。
落ち着いた生活を一日もはやく取り戻せますように。。お祈りいたします。
Posted by らび at 2011年05月14日 12:42
らびさん、コメントありがとうございます。
姪はもう高校生で大きく、遅まきながら
ぷち反抗期のような状況です(^^;)
地震が起きたままの姪の部屋をすこーし
片付けながら話をしてきました。

まだ、農作業をしない状況でしたが
母は、何もしないというのもどうだろう
と悩んでいました。
Posted by ゆきした at 2011年05月15日 16:41
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